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安達原

物語

安達原

熊野那智・東光坊の阿闍梨・祐慶の一行は、本山を出、諸国行脚の旅に出ます。陸奥・安達原にさしかかると、日はとっぷりと暮れ、ぽつんと灯った明かりを頼りに、一軒の家に宿を乞います。

 

一人で淋しげに住む中年の女性(前シテ)が住むその家は、月光も射し込むほどの荒屋。宿を貸すことを躊躇しますが、さすがに哀れに思って、一行を中に招き入れます。女は祐慶に乞われるままに、糸車を回しながら、人の世の虚しさを嘆くのでした。やがて女は、寒くなってきたので薪を集めに山に行こうと言い、留守の間、くれぐれも閨の内を見ないように念を押して出かけます。(中入)

 

不審に思った能力(間狂言)が、祐慶の戒めも聞かず、こっそりと閨の内を見ると、そこは死体が軒と同じ高さまで積み上げられていました。肝を潰した一行は、大急ぎに逃げ出しますが、鬼女となった女が追って来ます。祐慶の祈りの法力によって鬼女は姿を消します。

 

舞台展開

安達原

先ず、引廻に覆われて萩小屋の作り物が大小前(大鼓・小鼓の前)に据えられると、〈次第〉の囃子で、ワキ(祐慶)とワキツレ(従僧)が登場し、本山を出て廻国行脚に出、陸奥・安達原に到着した由を述べ、ワキ座に着きます。

 

引廻が下りると、萩小屋の中でシテが謡い出します。シテは〈深井〉の面(中年女性の面)、無紅(赤い色の入らない)唐織姿。ワキは案内を乞い、シテ(女) は、一旦は断るものの一行を泊めることにします。「さらば留まり給え」と戸を開いて現れると、そこは屋内という設定です。後見は枠かせ輪(糸車)を舞台に向かって左よりの正面先に置きます。ワキの所望に応じて静かに糸車を回します。〈サシ〉〈クセ〉は、人生の儚さを嘆く場面です。「長き命のつれなさを」と糸車を激しく回しながら、ついには泣き伏す場面は、極めて印象的です。やがて薪を採りに行きかけたシテは常座で立ち止まってワキとワキツレに閨の中をくれぐれも見ないように念を押します。(中入)

 

間狂言(能力)は、ワキが眠った所を見澄まして、閨の内をのぞき、仰天してワキに報告します。

 

安達原

〈早笛〉の囃子で後シテ(鬼女)が柴を背負って走り出てきます。

 

〈般若〉の面、腰巻の出立で、柴には前シテが着ていた唐織が巻かれています。打杖を振りかざして襲いかかる鬼女。〈祈〉の部分は、法力で祈り伏せようとするワキと、鬼女の激しい闘いを表しています。ついには祈り伏せられて「夜嵐の音に失せにけり」と消え失せる態で橋掛りで止めます。

 

鑑賞

安達原

前シテの女は、静かに糸を繰ります。「真真芋(麻)の糸を繰り返し。昔を今になさばや」と。浮世に生きる辛さを嘆く言葉は、紡ぎ出される糸のように口を吐いて出ます。そんな女の心の中の闇(閨の内)を見てしまった祐慶。女は鬼女となって追いかけます。女の本性が鬼であったというよりは、それは女の心の奥に隠された嘆きや憎しみの気持ちが鬼の姿となったのです。

 

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